テーマ:富永仲基

石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。 著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。   私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その7)」

『出定語後』の第八章で、仲基は「文化人類学的視点」を提示しています。すなわち、「俗」(ぞく)と仲基が名付けたものがそれです。「俗」は、文化特性や民俗や習俗の傾向を指し、「国に俗あり」と語り、「インドの俗は幻を好む(神秘主義的傾向が強い)」、「中国は文を好む(レトリック(美辞麗句・巧言)を重視する傾向が強い)」、「日本は秘を好む(隠蔽する…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その6)」

『出定語後』の第四章には、本書の性格がよく表れています。決して、単なる仏教の批判書ではないことが理解出来ます。以下、各経典が築く世界の説明が種々異なることを列挙することで、いずれも元はシンプルな世界観であったものが、順次加上されていったと述べています。   (以下引用) 経典によって異なる理由について、「宋代の志磐(しばん・南宋代…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その5)」

『出定語後』には、色々な経典についても書かれています。まず『華厳経』(けごんきょう)についてですが、この経典は釈尊が覚りを得たのち「二週間の間に説かれた」や、同経の「宝王如来性起品」(ほうおうにょらいしょうきぼん)にある「太陽は一番高い山を照らす(『華厳経』こそ一番優れているという意味)」といった作者の言葉を信じて、この経を最上であると…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その4)」

ここから、仲基の代表作である『出定後後』を見て参ります。 『出定語後』の第一章では、釈尊入滅後の三蔵(経蔵・葎蔵・論蔵)の編纂や、根本分裂(上座部や大衆部の二大分裂)や枝末分裂(約十八~二十の部派に分裂)について述べています。 また「有(う・存在)を前提とする立場は小乗とされた」ことに言及し、これに対して「空」という思想を加上したの…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その3)」

仲基の方法論において、私自身経典を学んできて感じるのは「加上」(かじょう)ということです。私は、原始仏教経典の『阿含経』を専門に学んで参りましたが、とにかく量的に莫大です。同じような・似たような経典も多いし、繰り返しもとても多いです。繰り返しが多いのは、修行者が記憶しやすくするための手段として用いたと考えておりましたが細部は不明です。 …
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その2)」

仲基の著作は、十余編あると言われておりますが現在全文を読む事が出来るのは、『出定後語』、『翁の分』、『楽葎考』の三著作のみです。 その中で有名なのが、『出定後語』(しゅつじょうごご)と題された書物です。この著作は、仲基が逝去する約九ヶ月前に刊行されたようです。 仲基の著作の特色は、オリジナリティあふれる方法論や思想です。何より、…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基(とみながなかもと)について。(その1)」

私が、富永仲基(とみながなかもと)の存在を知ったのは今から40年ほど前、阿含宗に所属していた時代です。管長の桐山靖雄(きりやませいゆう)が、自宗の依拠している経典である『阿含経』の正当性を法話や著書で宣伝する際、彼の説を利用していたからです。 おそらく、現代日本において富永仲基の名前は全く無名に近く、知る人などほとんど居ないことで…
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