テーマ:瞑想

固定的な修行法など何一つ存在していない

ゴータマ・ブッダはダンマパダ271偈、272偈で次のように説かれております。 「わたしは、出離の楽しみを得た。それは凡夫の味わい得ないものである。それは、戒律や誓いだけによっても、また博学によっても、また瞑想を体現しても、またひとり離れて臥すことによっても、得られないものである。修行僧よ。汚れが消え失せない限りは、油断するな。 」…
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「無分別智(その26)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その26。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm [瞑想の結果ではない] 無分別智は、いわゆる瞑想(メディテーション)の結果得られるものではありません。  また、瞑想中に生じるものでもありません。  無分別智は…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【瞑想】

(以下引用) 【瞑想】  往時において、修行者が瞑想を行う本来の目的は心を静かならしめることにあったと推定される。そして、ある人は瞑想の先にニルヴァーナが存在しているのだと考えたかも知れない。それは、現代においても同様であろう。  さて、実際に瞑想を行うと、意識のある種の変成を体験することになる。具体的には、いわゆるチ…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第33章 バラモン 76偈

76 熱心につとめ瞑想しているバラモンにとって、これらの徳が現れるとき、苦しみが因縁にもとづいて起こることを明らかに知るとき、かれの疑惑はすべて消え失せる。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)   *法津如来のコメント この偈における「瞑想」と訳された言葉は、瞑想と訳す…
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ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ)第4章 はげみ 第11偈

11 叡智の無い愚かな人々は放逸の状態をつづけている。つとめはげむ人は、つねに瞑想し、汚れの消滅を達成する。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *ワン爺のコメント 「放逸の状態をつづけている」の放逸について訳者の中村先生は、わがまま、なおざり、よこしま等の読み方を示しておられ…
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瞑想を 楽しみながら 専念し 静かな場所で 満足味わう<709>

○少年少女のためのスッタニパータ<709> ・・・ 瞑想は何かを 知りたければ 黙って座って 見つけて下さい。 第3 大きな章 11.ナーラカ経 31. ○中村元先生訳 709 かれは思慮深く、瞑想に専念し、 林のほとりで楽しみ、 樹の根もとで瞑想し、 大いにみずから満足すべきである。 ○…
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その聖者 托鉢の後 森に行き 木の根元で 瞑想すべし<708>

○少年少女のためのスッタニパータ<708> ・・・ 瞑想は何のためにするのかな? 先ず、心を落ち着かせ、 身体、感覚、心を観察し、 未知の自分を知って、さとるため。 第3 大きな章 11.ナーラカ経 30. ○中村元先生訳 708 その聖者は托鉢にまわり歩いてから、 林のほとりにおもむき、 樹の根もと…
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昼も夜 仏陀の弟子は 瞑想を 楽しむならば 見事に目覚める(301)

○子供のためのダンマパダ。 ・・・ ぞうさんのように、 おだやかで落ち着いていると 智慧と慈しみのある 人間になりますよ ○パーリ語原文と訳語 スッパブッダン   パブッジャンティ Suppabuddhaṃ   pabujjhanti, よく目覚めて    目覚める サダー  ゴータマサーワ…
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瞑想で 智慧が生じる 生じては 滅する真理を 体得すべし (282)

○子供のためのダンマパダ。 ・・・ 集中して宿題やれば、 すぐできますが、 よそ見をしててはできません。 智慧がうまれないからよ。 ○パーリ語原文と訳語 ヨーガー  ウェー  ジャーヤティー  ブーリ Yogā     ve    jāyatī       bhūri,…
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他の人を 躾けることは 難しい 己の躾け 更に困難(159)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。 アッターナン  チェー  タター   カイラー Attānaṃ     ce    tathā    kayirā, 自己を     もし   その如く  為すべきだ ヤターンニャマヌサーサティ yat…
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善業の 結果はなくとも 安心だ 善業熟せば 幸せいっぱい(120)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。 バドゥローピ   パッサティ   パーパン Bhadropi      passati      pāpaṃ, 善人も      見る      不幸を ヤーワ   バドゥラン   ナ   パッチャティ yā…
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296.~301.日夜ブッダに向けた気づきを実践する仏弟子は

ダンマパダ 第21 種々の章 296.~301. ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo   tassa   bhagavato   arahato    sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します ○スマナサーラ長老 訳 …
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282.瞑想あれば智慧生じ

ダンマパダ 第20 道の章 282 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo   tassa   bhagavato   arahato    sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 瞑想あれば智慧生じ 瞑想なければ智慧…
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正念と正定修しバラモンは悟り開いて束縛なくなる(384)

ダンマパダ 第26章 バラモン 384 二種の法に バラモンが精通した時 彼のすべての束縛は 悟りによって消失する 〇この詩の蛇足  「二種の法」とは、注釈書によれば、止(サマタ瞑想)と観(ヴィパッサナー瞑想)です。  サマタ瞑想は特定の対象に心を向けることにより、煩悩を滅し、集中力を養成する瞑想法です。 …
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冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある(373)

ダンマパダ 第25章 比丘 373 人のいない所に入って 心を静めた比丘が 法を正しく観察すると 人間の知らぬ喜楽がある 〇この詩の蛇足  多くの人々は瞑想などには興味を持っていません。黙って座っていてどこが面白いのかという問題意識さえ持っていないのが現状でしょう。完全に眼中にないのです。ほんの少数の人が、瞑想と…
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法悦と法楽を知り法を思惟し法を随観する比丘は善し(364)

ダンマパダ 364 法を喜び、法を楽しみ 法を思惟し 法を随観する比丘は 正法から逸脱しない ○この詩の蛇足  法とは、パーリ語のDhammaの訳で、法の他に、状態、性質、道、権利、物事、教法、正理などの訳語があります。この詩ではどんな意味に考えたらいいのでしょうか。私は、この詩を読んだ時の心の状態に応じて意味を…
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身体の行住坐臥に注意して正知の人は煩悩消える(293)

ダンマパダ 292,293 為すべきことを捨て 為すべからざることを為し 高慢で放逸の人々には 諸々の煩悩が増大する(292) 常に身体の動きに 気づくことに努力して 為すべからざることは為さず 為すべきことは為し 寂静であり正しく知る人々には 諸々の煩悩がなくなる(293) ○この詩から学ぶこと …
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ハスの花手で折るように自己愛を切り取り捨てて涅槃に進め

ダンマパダ 285 秋のハスを手で切る取るように 自分の愛着を切り取れ 寂静への道のみを育成せよ 涅槃は仏陀の説かれたものだ ○この詩から学ぶこと  この詩の意図は、この詩ができた因縁物語を知らないと理解できません。美しい花であるハスに意味があるのです。ブッダが教えた瞑想法は大きく分けると、サマタ瞑想法とヴィパ…
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瞑想で智慧が生じる生じては滅する真理を体得すべし

ダンマパダ 282 瞑想から智慧が生じ 瞑想がなければ智慧は滅する 生じることと滅すること この二つの道を知って 智慧を増やすように 自分を確立させること ○この詩から学ぶこと  前回は、ヨーガを修行と訳しました。今回は瞑想と訳しました。この詩では智慧の内容を 「生じることと滅すること この二つの道を知って…
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瞑想の静寂楽しむ賢者たちあの神々も彼らを敬う

ダンマパダ 181 賢者たちは瞑想に熱中して 欲のない寂静を楽しむ 神々も彼等を敬う このような気づきある正覚者たちを ○前回の「この詩から学ぶこと」 http://76263383.at.webry.info/200806/article_9.html ○スマナサーラ長老の法話(日本テーラワーダ仏教協会ホ…
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不放逸死なない道だ放逸は生きていながら死んでるようだ

ダンマパダ 21、22、23 不放逸は不死の道だ 放逸は死の道だ 不放逸の人々は死なない 放逸の人々は死んでるようだ このことをはっきり知って 不放逸な賢者たちは 不放逸を喜び 聖なる境地を楽しむ 彼らは堅忍不抜で 常に強い努力の瞑想者である 賢者たちは束縛から離れて 最高の涅槃を体得する …
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粗雑に葺かれた屋根は雨が漏る修行しないと欲望増える

ダンマパダ 13、14 粗雑に葺(ふ)かれた屋根からは 雨が漏るように 修行されてない心には 欲望が入り込む 丁寧に葺かれた屋根からは 雨が漏らないように よく修行された心には 欲望が入り込まない 〇この詩から学ぶこと  屋根から雨漏りしたら困ります。同様に心に欲望が入りこんだら困るのだと釈尊は仰いま…
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人生の障害難路乗り越えて涅槃に達した彼はバラモン

ダンマパダ 414 この障害、難路、 輪廻、愚痴を乗り越えて 彼岸に到った冥想者 動揺のない疑惑のない 執着のない涅槃に達した人 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  人生にはいろいろな障碍や難路があります。人生の障害というと、何を思い浮かべるでしょうか?人生の初めの障害は出産です。細い厳しい産…
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この世では欲望はなくあの世にも期待持たない彼はバラモン

ダンマパダ 410 この世おいてもあの世においても 欲望を持たない 無欲なこだわりのない人 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  この世において、人々がいろいろな欲望を持っていることは誰も疑問を持たないでしょう。しかし、あの世における欲望とは何か、あるいはあの世はあるのか疑問を持つ人は多いでしょう。しか…
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執着の基の卑しき渇愛に打ち負かされて憂いが増える(335)

ダンマパダ 335、336 世の執着の基である卑しい渇愛が 彼を打ち負かすならば 雨に降られたビーラナ草のように 彼の憂いは増える しかし、世の征服し難い卑しい渇愛に 彼が打ち勝つならば はすの葉の水滴のように 彼から憂いが落ちる ○この詩から学ぶこと  上の二つの詩では、渇愛を「執着の基である」と「…
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