テーマ:観察

#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 41偈(つづき)

41 (無明に)覆われて凡夫は、諸のつくり出されたものを苦しみであるとは見ないのであるが、その(無明が)あるが故に、すがたをさらに吟味して見るということが起るのである。この(無明が)消失したときには、すがたをさらに吟味して見るということも消滅するのである。                                      …
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 41偈

41 (無明に)覆われて凡夫は、諸のつくり出されたものを苦しみであるとは見ないのであるが、その(無明が)あるが故に、すがたをさらに吟味して見るということが起るのである。この(無明が)消失したときには、すがたをさらに吟味して見るということも消滅するのである。                                      …
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 40偈

40 ここなる人が苦しみを見ないというのは、見ない人が(個人存在の諸要素の集合が)アートマンであると見ることなのである。しかし(すべてが)苦しみであると明らかに見るときに、ここなる人は「(何ものかが)アートマンである」ということを、つねにさらに吟味して見るのである。                               以上…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 39偈

39 単にすがたを見る人は、どうしてすがたをさらに吟味して見ることが無いのであろうか? すがたを見ない人がつねにすがたをさらに吟味して見ることが無いのは、どうしてであろうか? 何があるときに、すがたをさらに吟味して見ることがあるのだろうか? 何が無いときに、すがたをさらに吟味して見ることが無いのであろうか? (中村元訳「ブッダの真…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 37偈、38偈

37 すがたを見ることは、すがたをさらに吟味して見ることとは異なっている。ここに両者の異なっていることが説かれる。昼が夜と異なっているようなものである。両者が合することは有り得ない。 38 もしすがたをさらに吟味して見るのであるならば、単にすがたを見るこということは無い。またもし単にすがたを見るのであるならば、すがたをさらに吟味し…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 36偈

36 見る人は、(他の)見る人々を見、また(他の)見ない人々をも見る。(しかし)見ない人は、(他の)見る人々をも、また見ない人々をも見ない。 (テーラガーター61 (真理を)見る者は、(真理を)見る(他)人を見、また(真理を)見ない人をも見る。しかし、(真理を)見ない者は、(真理を)見る(他)人を見ないし、また(真理を)見ない人を…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 35偈

35 これは安らかなよりどころである。これは最上のよりどころである。このよりどころにたよって、あらゆる苦悩から免れる。 (ダンマパダ192 これは安らかなよりどころである。これは最上のよりどころである。このよりどころにたよってあらゆる苦悩から免(まぬが)れる。)  (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 33偈、34偈

33 さとれる者(=仏)と真理のことわり(=法)と聖者の集い(=僧)とに帰依する人は、明らかな知慧をもって、四つの尊い真理を見るときに___   34 すなわち(1)苦しみと、(2)苦しみの成り立ちと、(3)苦しみの超克と、(4)苦しみの終減におもむく八つの部分よりなる尊い道(八聖道)とを(見るときに)、 (ダンマパダ190…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 31偈、32偈

31 多くの人々は恐怖にかられて、山々、林、園、樹木、霊樹などをたよろうとする。  32 しかしこれは安らかなよりどころではない。これは最上のよりどころではない。それらのよりどころによっては、あらゆる苦悩から免れることはできない。 (ダンマパダ188 人々は恐怖にかられて、山々、林、園、樹木、霊樹など多くのものにたよろうとす…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 30偈

30 青い幌(ほろ)をまとい、白い傘で覆われ、輻(や)が一つしかない車が回転して来る。結びつける紐もなく、軛(くびき)に結ぶ綱もなく、悩まされることなく、やって来るのを見よ。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 岩波文庫の訳注には、「『出曜経』によると…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 29偈

29 愛欲の園からも離れて、愛欲の林から脱している人々からも離れているのに、また愛欲の林に向かって走る。___この人を見よ! 束縛から脱しているのに、また束縛に向かって走るのである。  (ダンマパダ344 愛欲の林から出ていながら、また愛欲の林に身をゆだね、愛欲の林から免(のが)れていながら、また愛欲の林に向って走る。その人を見よ…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 28偈

28 上にも下にも全く情欲を離れた人は、「われはこれである」と観ずることが無いので、このように解脱して、未だ渡ったことのない流れを、この世で渡り、再び(迷いのうちに)生まれことがないであろう。  (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「上にも下にも」だけ…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 27偈

27 諸の欲望に執著し、つねに迷っている者どもは、束縛のうちに過ちを見ることが無い。束縛の執著にとらわれいる者どもは、広がった大きな流れを、決して渡ることがないであろう。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この感興のことば(ウダーナヴァルガ)はサンス…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 21偈、22偈

21 見よ、あのように宝石や腕輪で粉飾された形体を! それは愚人を迷わすには足るが、彼岸を求める人々を迷わすことはできない。 22 見よ、あのように宝石や腕輪で粉飾された形体を! それは愚人を迷わすには足るが、賢者はそれに対する執著を離れる。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) …
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 20偈

20 見よ、粉飾された形体を!(それは)傷だらけの身体という名のものであって、病いに悩み、虚妄の意欲ばかりで、堅固に安住することがない。  (ダンマパダ147 見よ、粉飾された形体を!(それは)傷だらけの身体であって、いろいろのものが集まっただけである。病いに悩み、意欲ばかり多くて、堅固でなく、安住していない。) (中村元訳…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 17偈〜19偈

17 つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに迷うが、明らかに知る人々はそれに執著しない。   17A つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、賢者はそれに対する執著を離れる。 18 つねにこの身体を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺する。___老いた牛…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 15偈、16偈

15 世の中は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。  16 身体は泡沫(うたかた)のごとしと見よ。身体はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。 (ダンマパダ170 世の中は泡沫(うたかた)のごとし…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 10偈〜14偈

11 学ぶことに生きがいを認め、奉仕(看護)を楽しむために、(戒律をまもって)生き、ブラフマンを奉じた生活を送っている人々がいる。___これは一つの極端説であると説かれている。 12 「快楽は享受されるべきであり、清らかである。快楽のうちに欠点は存在しない」とこのように見なす愚者どもがいる。___これは第二の極端説であると説かれて…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 10偈

10 すでに得たものと、これから得られるはずのものと___この二つは塵ほこりであり、病であると知って、心を安定統一した智者は、それを捨てよ。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 中部経典131「賢善一喜経」に、次のような偈があります。その始めの部分を引…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 9偈

9 この世の人々は慢心をもっていて、つねに慢心にへばりつかれている。悪い見解にとりつかれては、努力しても生死流転を超えることはできない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 実は、昨日引用しましたパーリ語のウダーナ(感興のことば)の偈の続きはつぎの通り…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 7偈、8偈

7 人々は自我観念にたより、また他人という観念にとらわれている。このことわりを或る人々は知らない。実にかれらはそれを(身に刺さった)矢とは見なさない。 8 ところがこれを、人々が執著しこだわっている矢であるとあらかじめ見た人は、「われが為す」という観念に害されることもないし、「他人が為す」という観念に害されることもないであろう。 …
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 6偈

6 この世は虚妄の束縛を受けていて、未来に変化する可能性のあるもののごとくに見られる。愚者らは煩悩に束縛されていて、暗黒に覆われている。(かれらには)無が有であるかのごとくに見られている。真理を見る人には何ものも存在しない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメン…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 5偈

5 この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は稀である。網から離れた鳥のように、天に至って楽しむ人は少ない。  (ダンマパダ174 この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は少ない。網から離れた鳥のように、天に至る人は少ない。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 3偈、4偈

3 恥を知らず、烏(からす)の首魁のようにがやがや叫び、厚かましく、図々しい人は、生活し易い。この世では、心の汚れたまま生きて行く。 4 恥を知り、常に清きをもとめ、よく仕事に専念していて、つつしみ深く、真理を見て、清く暮す人は、生活し難い。 (ダンマパダ244 恥を知らず、烏(からす)のように厚かましく、図々しく、ひとを責…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 2偈

2 他人の過失を探し求め、つねに他人を見下(みくだ)して思う人は、卑しい性質が増大する。怒りたける人は、煩悩の汚れが増大する。かれは煩悩の汚れの消滅から遠く隔っている。  (ダンマパダ253 他人の過失を探し求め、つねに怒りたける人は、煩悩の汚れが増大する。かれは実に真理を見ることから遠く隔っている。) (中村元訳「ブッダの…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第27章 観察 1偈

1 他人の過失は見やすいけれど、自己の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかしこの人も自分の過失は、隠してしまう。___狡猾な賭博師が不利な骰(さい)の目をかくしてしまうように。  (ダンマパダ252 他人の過失は見やすいけれど、自己の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかし自分の過…
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