テーマ:自己

163.自分のためにならないことと悪いことはすぐできる

ダンマパダ 第12 163 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 自己に無益なことおよび 不善のことは行いやすい しか…
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162.破戒の人は自分の敵が求めるように自分自身を不幸にする

ダンマパダ 第12 自己の章 162 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します あまりに悪しき性の者は 敵がかれに求める…
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161.自分が作った悪行が自分を悩ませる

ダンマパダ 第12 自己の章 161 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 自らなした悪こそは 自己より生じ自己より…
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160.自己こそ自己の寄る辺なり

ダンマパダ 第12 自己の章 160 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 自己こそ自己の寄る辺なり 他の何者が寄る…
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159. 実践した者は他者を指導できる

ダンマパダ 第12 自己の章 159 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 他者を教誡するように 自己に対して行えば …
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158.まずは自己を第一にふさわしきものに調えよ

ダンマパダ 第12 自己の章 158 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します まずは自己を第一に ふさわしきものに調え…
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157. もし自分をいとしいと思うならば

ダンマパダ 第12 自己の章 157 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 自己が愛しいと知るならば それを守り護るべし…
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63.自分が愚かと知る人は賢者なり

ダンマパダ 第5章 愚か者 63 愚か者が愚かと知れば かれはそれ故に賢者なり 愚か者が賢者と思えば かれこそ愚かな者と言われる (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み 人は皆自分は正しいと 思うものだが大間違い 間違っていると思える人は 事実を知る人だから賢者だ 〇子供のためのダンマパダ …
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人のため自分の目的捨てるなよ 目的よく知り専心すべき

ダンマパダ 166 他人の目的が重大であっても そのために自分の目的を捨ててはならない 自分の目的を熟知して 自分の目的に専心すべき ○この詩から学ぶこと  今回の詩の、キーワードは「他人の目的」と「自分の目的」です。  「他人の目的は何ですか?」 別の言葉で言えば、「何が他人の為になるのですか?」これは、…
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悪行は自己の責任 悪行をしないのならば自己は清らか

ダンマパダ 165 自分で為された悪行で 自分が不浄になる 自分が悪行を為さないならば 自分が清浄になる 清浄、不浄は自分の責任 他人が他人を浄化できない ○この詩から学ぶこと 1.自分が悪行為をすれば、自分の心が汚れます。汚れた心で、何をしてもその人は不幸になります。(ダンマパダ1番、参照 http://7…
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阿羅漢の教えを非難する人は結果が熟すと己が滅びる

ダンマパダ 164 真理に従って生きている 阿羅漢たちの教えを 悪い見解によって 愚かにも非難するならば カッタカ草のように 実が熟すと己が滅びてしまう ○この詩から学ぶこと  この詩を要約すると、「阿羅漢を非難すると自分が滅びてしまう」ということです。そうすると現代人は、なぜ阿羅漢を非難すると、自分が滅びる…
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悪いこと為にならぬこと為し易い為になること実に為し難い

ダンマパダ 163 悪いことは為し易い また自分の為にならないことも 為になることと善いことは 実にきわめて為し難い ○この詩から学ぶこと  「なぜ、人は自分が不幸になるのに、悪いことをするのでしょうか?」という問題を昨日皆さんに提起しました。それに対して、高橋優太さんが、「悪いことは簡単にできるからだと思います…
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極端な破戒行為をする人は自分自身を地獄に落とす

ダンマパダ 162 極端な破戒を行う人は まるで自分の敵がするように 自分自身を不幸にする つる草がサラの木にまとい付くように ○この詩から学ぶこと  この162番の詩の趣旨は、今年の1月28日のブログに掲載した42番の詩とよく似ています。つまり、破戒(悪行為)をすることは、自分自身を苦しめることなのだと釈尊は繰…
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自分から生じ現れた悪行が自分自身を不幸にするのだ

ダンマパダ 161 自分から生じ自分から現れた 自分が作った悪行が 自分を悩ませる ダイヤの粉がダイヤを削るように ○この詩から学ぶこと  演劇は人間世界の有様を表現しています。その演劇には悲劇と喜劇があります。悲劇は観客を喜ばせるものではありません。悲劇の主人公は不幸な結果で終わるのです。一方、喜劇の主人公は幸…
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己こそ己の守護者躾けられた己は得難い己の守護者

ダンマパダ 160 己こそが己の守護者 他の人が守護者でありえようか よく躾けられた己こそ 得難い守護者になりえる 〇この詩から学ぶこと  昨日、スマナサーラ著「仕事でいちばん大切なこと」(マガジンハウス、1240円)がゴータミー精舎に送られて来ました。内容は 第1章 人間関係は仏教に学べ 第2章 今日一日を生き…
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他の人を躾けることは難しい己の躾け更に困難

ダンマパダ 159 他人を躾(しつ)けたように 自分も行うべきだ よく躾けられた人間が躾けることができる 自分を躾けることは難しいから ○この詩から学ぶこと  今回の詩の「躾ける(しつける)」という言葉は、パーリ語では「アヌサーサティ」で、パーリ語辞典によれば、「教える。諭す。訓戒する。」という訳があります。昨日…
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第一に自分が実践二番目に他人を指導これが原則

ダンマパダ 158 第一に自分が 正しい行いをして 次に他人を教育すべきだ そうすれば賢者は非難されない 〇この詩から学ぶこと  ダンマパダのどの詩の内容も普遍的真理ですから、ある分野についてのみ適応できるというものではありません。しかし、私は釈尊の教育論を調べたいのであれば、「第12自己の章」を読むと教育問題の…
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自己愛に気付いたならば自己守れ三つの時期の一つだけでも

ダンマパダ 157 もし自分をいとしいと思うならば 自分をよく守るべきだ 三つの時期の一つだけでも 知恵ある人は目覚めるべきだ ○この詩から学ぶこと  今回の157番の詩から、166番の詩まで、「第十二 自己の章」になります。  「もし自分をいとしいと思うならば」とは、誰もが自分自身の心をしっかり感じるなら…
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