テーマ:広く説く

#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 30偈

30 功徳を得ようとして、ひとがこの世で一年間神をまつり犠牲(いけにえ)をささげ、あるいは火にささげ物をしても、その全部をあわせても、(真正なる祭りの功徳の)四分の一にも及ばない。行ないの正しい人々を尊ぶことのほうがすぐれている。  (ダンマパダ108 功徳を得ようとして、ひとがこの世で一年間神をまつり犠牲(いけにえ)をささげ、あ…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 29偈

29 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、真理をよく説いた人(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 7月21日に掲載した20Eは次の通りです。 「(愚かな者が)たとい毎月(苦…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 26偈、27偈、28偈

26 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、生きとし生けるものどもを憐れむ(功徳)の十六分の一にも及ばない。 27 (訳文は26に同じ。) 28 (訳文は26に同じ。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント …
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 25偈

25 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、慈しみの心(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この偈は、7月18日に掲載した次の偈と趣旨は同じです。慈しみの心(の功徳)の大きさについ…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 24偈

24 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、戒しめを信ずる(功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この偈は7月18日に掲載した次の偈と趣旨は同じです。戒しめを信じること(の功徳)の大き…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 21偈、22偈、23偈

21 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、仏を信ずる(功徳)の十六分の一にも及ばない。 22 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営む人がいても、その功徳は、ダルマ(法、真理)を信ずる(功徳)の十六分の一にも及ばない。    23 たとい百年のあいだ毎月千回ずつ祭祀(まつり)を営…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20E偈

20E (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、教えをよく説いた人(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「教えをよく説いた人…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20B偈、20C偈、20D偈

20B (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、生きとし生けるものどもを憐れむ(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 20C (訳文は20Bに同じ。) 20D (訳文は20Bに同じ。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20A偈

20A (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、慈しみの心(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「慈しみの心」を理解するために、…
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#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20A偈

20A (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、慈しみの心(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「慈しみの心」を理解するために、…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 20偈

20 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、戒しめを信じること(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「戒しめ」とは何かを知るた…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 17偈、18偈、19偈

17 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、仏を信じること(の功徳)の十六分の一にも及ばない。 18 (愚かな者が)たとい毎月(苦行者の風習にならって)クシャ草の端(はし)につけて(極く僅かの)食物を摂(と)るようなことをしても、ダルマ(法、…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 16偈

16 百年を満たすほどのあいだ、林の中で(祭祀の)火の神につかえるのと、また己(おの)が身を修養した一人の修行者を一瞬間でも供養するのとでは、その修行者を供養するほうがすぐれている。百年祭祀(まつり)を営むのは、そうではない。 (ダンマパダ107 百年のあいだ、月々千回ずつ祭祀を営む人がいて、またその人が自己を修養した人を一瞬間で…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 15偈

15 不死(しなない)の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 (ダンマパダ114 不死(しなない)の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 14偈

14 最上の境地を見ないで百年生きるよりも、最上の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「最上の境地」とは、すでに9偈、10偈、11偈、12偈、13偈で述べたようなような「不動の境地」、「没落するこのとがな…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 13偈

13 見難い境地を見ないで百年生きるよりも、見難い境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 「見難い境地」とは何か? これを理解するために、ダンマパダの36偈を引用します。 「心は極めて見難く、極め…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 11偈、12偈

11 塵(ちり)汚れのない(無垢の)境地を見ないで百年生きるよりも、塵(ちり)汚れのない(無垢の)境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 12 塵(ちり)汚れを離れた境地を見ないで百年生きるよりも、塵(ちり)汚れを離れた境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。  (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 10偈

10 没落することのない境地を見ないで百年生きるよりも、没落することのない境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント スッタニパータの第1章6は「破滅」という経であります。「破滅」は「没落」とも訳せる言葉ですので…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 9偈

9 不動の境地を見ないで百年生きるよりも、不動の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 岩波文庫の注の概略は、「不動の境地」について、「無動句」「無動道」の訳もあるが、チベット訳に従って「不動の境地」と訳した…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 8偈

8 汚れが尽きてなくなるのを見ないで百年生きるよりも、(修行によって)汚れが尽きてなくなるのを見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 今回コメントしたいことは偈そのものよりは、その訳についてであります。訳者はカ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 7偈

7 苦痛が尽きてなくなるのを見ないで百年生きるよりも、苦痛が尽きてなくなるのを見て一日生きることのほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 衆生は苦痛が尽きてなくなった状態を知りませんから、「苦痛が尽きてなくなるのを見て一日生きることの…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 6偈

6 物事(ものごと)が起(おこ)りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりも、事物(ものごと)が起こりまた消え失せることわりを見て一日生きることのほうがすぐれている。 (ダンマパダ113 物事(ものごと)が興りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりも、事物が興りまた消え失せることわりを見て一日生きることのほうがすぐれ…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 5偈

5 怠りなまけて、気力もなく百年生きるよりは、しっかりとつとめ励む人が一日生きるほうがすぐれている。  (ダンマパダ112 怠りなまけて、気力もなく百年生きるよりは、堅固につとめ励んで一日生きるほうがすぐれている。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 3偈

3 素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、つねに清らかな徳行のある人が一日生きるほうがすぐれている。 (ダンマパダ110 素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、徳行あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。) *法津如来のコメント この偈は人生の目的を問うものであります。人生は長く生きるためにかるのか…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 2偈

2 ことわりにかなわぬ語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる、ことわりにかなったことばを一つ聞くほうがすぐれている。 (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント 昨日は、サーバーのメンテナンスのため、ブログ記事を掲載できませんでした。 さて…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第24章 広く説く 1偈

1 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる有益なことばを一つ聞くほうがすぐれている。  (ダンマパダ102 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメ…
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