テーマ:解脱知見論

石法如来の特別寄稿 「『解脱知見(げだつちけん)』について(その3)」

(その2)からつづく。 そんな事を行った次の日の早朝寝床の中で、色々と考え事をしていました。「人間、いつまで生きられるか分からないから「早く解脱しないと駄目だな」」と、痛切に切実なくらいリアルに「その事」を思った(感じた)のです。そして、朝6時に起床します・・・。 6時半から、何時も通り「観(=止観)」の修行を始めたら、上記の…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【解脱知見】(2)

(以下引用) 【解脱知見】(2) では、解脱知見の真実とはいかなるものなのであろうか。それを説明したい。 智慧の輪に取り組んで解いたことがある人は知っているであろうが、智慧の輪には何一つヒントは与えられていない。また、正解手順が開示されることもない。それでも、正しく智慧の輪を解いた人は、自分が間違いなくその智慧の輪を解…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【解脱知見】(1)

(以下引用) 【解脱知見】(1) 「解脱したときには、解脱したという正しい知見を生じる」 と、説かれる。これは本当のことである。 ただし、これは真に解脱を生じた人にとってそうであるということであって、自分の覚りを勘違いしている者には当て嵌まらない。そして、覚りを勘違いしている者は、解脱知見そのものを自分の都合が良…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】◇ 解脱知見論

(以下引用) 【善き談論】 ◇ 解脱知見論 解脱したときには、自分が解脱したという正しい知見を生じる。 私自身、覚り以前にこの教えを知ったとき、なぜそのような知見を生じると断言できるのかがとても不思議であった。 しかしながら、実際に自分が覚った(=解脱した)とき、まさしく解脱知見を生じたのである。 ここに、…
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