テーマ:阿羅漢

七覚支 心を育てる 修行法 執着捨てて 阿羅漢になる(89)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。 イェーサン  サンボーディヤンゲース Yesaṃ     sambodhiyaṅgesu, それらの   悟りの部分において サンマー  チッタン  スバーウィタン sammā   cittaṃ …
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100~102.聞いて心の静まりゆける一つの意味ある句がまさる

ダンマパダ 第8 千の章 100、101、102 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 無意味な句を伴える 一千からなる言葉よりも 聞いて心の静まりゆける 一つの意味ある句がまさる 無意味な句を伴える 一千からなる詩偈より…
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99.阿羅漢には森林は楽しい、そこは人が楽しむ所ではないが

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 99 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 世人が楽しむことのない 森はいずれも楽しいところ 離貪の者らは楽しむでろう かれらは貪り求めぬゆえに (片山一良先生 訳) ○超訳の試み …
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98.阿羅漢が住む所は楽しい土地になる

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 98 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 村においても、森においても 低地においても、平地においても 諸阿羅漢が住むところ その地は楽しいところなり (片山一良先生 訳) ○超訳の試…
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97.盲信せずに、涅槃を知り、輪廻の絆を断ち切った人

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 97 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 無信にして、無作を知り また絆を断ち切って 機会を破り、欲を吐いた人 かれこそ実に最上人なり (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み 盲信…
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96.阿羅漢の心は静かなり、言葉も行為も静かなり

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 96 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 正しく知って解脱した者 寂静の者、そのような者 かれの心は静かなり 言葉も行為も静かなり (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み 心が静か…
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95.大地のように怒ることなく、門柱のように堅固に務める

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 95 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 大地のように怒ることなく 門柱のように堅固に務める かれは泥なき池にも似たり かかる者に輪廻は起こらず (片山一良先生 訳) 〇超訳の試…
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94.御者に調教された馬のように自分の感覚器官を落ち着かせ

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 94 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 御者に御された馬の如く 諸感官が静まっている 慢が断たれて煩悩のない かかる者を諸天も羨む (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み 御者に…
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92.93.彼らの行方は知りがたい空飛ぶ鳥の行方のように

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 92.93. ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 貯え蔵することがなく 食べる物に知悉(ちしつ)して 空にしてまた無相なる 解脱の境地を得た者らの かかる行方(いくえ)は辿(たど)りがたい 空飛…
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91.白鳥が池を離れるようにかれらは家をつぎつぎ捨てる

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 91 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマー サンブダッサ 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 念をそなえて努力する かれらは住処に楽しまず 白鳥が池を離れるように かれらは家をつぎつぎ捨てる (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み(あるい…
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90.あらゆる束縛を捨てた人には悩み苦しみは存在しない

ダンマパダ 第7 阿羅漢の章 90 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 旅路を終えて憂いなく あらゆるものから解脱して 束縛すべてを断つ者に 苦しみ悩みは見られない (片山一良先生 訳) 〇超訳の試み 輪廻の旅を終え憂いを離れ あらゆることから解放されて あらゆる束縛…
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阿羅漢は森や林を楽しむよ欲を求めぬ人々だから

ダンマパダ 99 森林は楽しい そこは人々が楽しむ所ではない 欲を離れた人々が楽しむ所 彼らは欲を求めないから ○この詩から学ぶこと  「森林は楽しい」と言えるのは阿羅漢だけなのです。インドの森林は日本では考えられない恐ろしい所なのです。恐ろしい猛獣もいるし、毒蛇や毒のある昆虫もいます。植物もいろいろあります。食…
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阿羅漢の住む所みな楽土だよ村であろうが森であろうが

ダンマパダ 98 村でも森でも 低地でも高地でも 阿羅漢が住む所は 楽土となる ○この詩から学ぶこと  なぜ阿羅漢の住む所は、どんな所でも楽土になるのでしょうか?  生きていくことは楽ではないのです。苦しいのです。と釈尊は仰っています。しかも私たちは自然に逆らって、法則に逆らって生きているのですから、さらに…
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最上人盲信せずに無為を知り法に従い欲捨てにけり

ダンマパダ 97 盲信せずに、無為を知り 輪廻のつなぎを断つ人は 法に従い、欲捨てた 彼こそ実に最上人 ○この詩から学ぶこと  この詩ができた因縁物語は次の通りです。釈尊は最終的な悟りに近い三十人の比丘たちに、あることを教えるために、サーリプッタ長老を呼んで、質問しました。「サーリプッタよ、人は私の教える瞑想によ…
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阿羅漢の心は静か行いも話す言葉も穏やか静か

ダンマパダ 96 心が静かであり 言葉と行いが静かな人は 正しい智慧で解脱した 寂静なる人だ ○この詩から学ぶこと  皆さんは、このブログのタイトルを読んでおられますか。昨年の6月23日にブログを書き始めた時、タイトルの欄に何か書くようにパソコンから指示されるので、適当に記入しました。後で記事を見直す時、タイトル…
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怒らない慎み深く清らかな そんな人には輪廻はないぞ

ダンマパダ 95 大地のようの怒らない 門柱のように慎み深く 濁りのない池のような そのような人には輪廻はない ○この詩から学ぶこと  「大地」に唾をしようと、蹴飛ばそうと、穴を掘ろうが、大地は何も言わずに、びくともしません。そのように、悪口を言われようが、暴力を振るわれようと怒らない人、そのような人は相当な人格…
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馬のように感覚静めた阿羅漢を煩悩ないと神も羨む

ダンマパダ 94 御者に善く調教された馬のように 自分の感覚器官を静め 慢心を捨て、煩悩のない 阿羅漢を神々も羨む ○この詩から学ぶこと  私たちの心が、揺れ動き、落ち着かなくなったり、悲しくなったり、うれしくなったりするのは、心に何かの刺激が入っるからです。心は何も刺激がないと生きていけないのです。ですから、心…
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飛ぶ鳥の足跡解らぬそのように食に頼らぬ心解らぬ

ダンマパダ 93 煩悩を滅尽して 食に依存しない 空と無相と知る 境地ならば 彼らの行く先は知りがたい 空飛ぶ鳥の足跡ように ○この詩から学ぶこと  今回の詩は、前回の詩の一行目と二行目が変わっただけで、三行目以下は同じ言葉です。やはり阿羅漢の境地について述べたものです。  「煩悩を滅尽して」の煩悩とい…
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飛ぶ鳥の足跡解らぬそのように空と無相を知る人解らぬ

ダンマパダ 92 ものを蓄えることなく 食べ物の意味を知り 空と無相と知る 境地ならば 彼らの行く先は知りがたい 空飛ぶ鳥の足跡ように ○この詩から学ぶこと  この詩も阿羅漢の境地を述べています。先ず、阿羅漢は「ものを蓄えること」はないのです。私たちとは異なる態度です。私たちは特別何かの蒐集家でなくとも、いろ…
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春になり白鳥沼を捨てるよう念ある人は執着捨てる

ダンマパダ 91 有念者は家を出る 家を楽しまない 白鳥が沼を捨てるように 彼らはあの家この家を捨てる ○この詩から学ぶこと  有念者とは、念がある人という言う意味です。では「念」とは何でしょうか?パーリ語ではサティといいます。これまでも何回も出てきた言葉ですが、実況中継と表現して来ました。重要な言葉ですから、ス…
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旅を終え憂いを離れた阿羅漢に悩み苦しみは存在しない

ダンマパダ 90 輪廻の旅を終え憂いを離れ あらゆることから解放されて あらゆる束縛を捨てた人には 苦悩は存在しない ○この詩から学ぶこと  この90番の詩から99番の詩まで、「第七 阿羅漢の章」になります。この章では阿羅漢の境地を語ることになるので、私の手に余りますが、原文に沿って私の理解できることを書いてみま…
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